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京都地方裁判所 昭和57年(ワ)1393号 判決 1984年6月15日

京都府亀岡市<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

稲村五男

右同

村山晃

右同

川中宏

東京都新宿区<以下省略>

被告

株式会社サンシャイン貿易

右代表者代表取締役

京都市<以下省略>

被告

Y1

右被告ら訴訟代理人弁護士

若月隆明

主文

一  被告らは、各自、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和五七年六月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告株式会社サンシャイン貿易は、原告に対し、住友信託銀行信託総合口座通帳(B名義取引番号三七五五七三五―〇四、金額三〇〇万円、口座番号<省略>、金額五、四五四円)一通を引渡せ。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

四  本判決は右一、二項に限り、原告において、被告株式会社サンシャイン貿易に対し金二〇〇万円の担保を、被告Y1に対し、金一〇〇万円の担保を各供するときは、それぞれにつき、仮に執行することができる。

事実

第一当事者双方の求めた裁判

一  原告

主文一ないし三項と同旨の判決、並びに仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の被告らに対する各請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決。

第二当事者双方の主張

一  原告の請求の原因

1  被告株式会社サンシャイン貿易(以下「被告会社」という)の京都支店の従業員である被告Y1(以下「被告Y1」という)は、昭和五七年六月一五日の午前に、原告方を訪れ、原告をして、被告会社との間で、原告が被告会社にプラチナ一グラム当り二三四八円の買付を委託する契約を締結させ、その保証金として現金三〇〇万円を交付させた。

2  被告Y1は、右契約締結日の前日の同年同月一四日にも原告方を訪れ、原告に対し、「保証金はプラチナを買う権利になるものである」こと、「プラチナは一キログラムを単位にして扱い、手数料は一キログラム当り二万五〇〇〇円である」こと、「保証金として三〇〇万円を預けた取引は一一月までである」ことの説明をしたほかに、「プラチナは今が買い時である」こと、「一グラムについて五〇円上がると一〇キログラムでは二五万円の手数料を引いて二五万円の利益が上がる」「一グラムについて四〇円上がると、六〇円上がると、これこれのもうけがある」「いくら値が上がっても一〇〇円が天である、一〇〇円の時で打切りにする」「買付保証金を一〇キログラムで三〇〇万円払ってくれると一グラムに六〇円値上りすると六〇万円の値上である」「亀岡の南の方の人も利用している。あなたも今買っておくと得をする」等の説明をし、更に、前記契約締結日の同年同月一五日には、原告に対し、「銀行に預金しておくよりずっと得だ。損することは決してない。プラチナは今が買い時である。約款はむずかしいので読まなくてもいい」等と矢継早に詐術・甘言を弄して、原告が商品取引に無知なのに乗じて、前記1の契約における取引が投機的要素の少ない取引であると、原告をして錯誤に陥入れて、原告に前記1の契約を締結させ、前記現金を交付させたものである。

3  次に、原告は、住友信託銀行信託総合口座通帳(B名義取引き番号三七五五七三五―〇四、金額三〇〇万円、口座番号<省略>、金額五、四五四円)一通(以下「本件口座通帳」という)を所有しているところ、昭和五七年六月一五日午後に被告会社に対し本件口座通帳を預けたため、被告会社が現にこれを占有しているものである。

4  ところで、原告が被告会社に対し、本件口座通帳を預けたのは、同年同月一五日の午後に、被告会社の従業員である、被告Y1及び訴外C(以下「C」という)が原告方を訪れ、Cが、被告Y1の前記2の行為により錯誤に陥入っている原告に対し、「亀岡の近くの人が家を改築するので今まで持っていたプラチナを手ばなした」「今が買い時で相場は上向いている。買増をしろ」「新米で若年の被告Y1を信用してこの道七、八年もやっている私を信用しないのか」「一一月まで待たなくとも七月まで待ったらきっと上がるので買増しをしろ」「現金でなくともいい。通帳でいい」等と詐言及び脅迫的言辞も弄しながら、執拗に迫り、原告にその旨誤信させ、とうとう根負けした原告をして、被告会社に本件口座通帳の預託交付をさせたのである。

5  しかして、次の(一)ないし(四)に詳述する事由により、前記1及び2の被告Y1の原告に対する行為は、被告会社の被用者である被告Y1がその職務に関して原告に対し不法行為をなしたものであり、また原告が被告会社と締結した前記1の契約、並びに被告会社の原告に対する前記3及び4の本件口座通帳を預託させた行為は、いずれも公序良俗に反する(民法九〇条)ものである。即ち

(一) 被告Y1、及びCの原告に対する前記各行為は、詐欺行為に該当するものである。

(二) 前記1の契約は、約款上は現物条件付保証取引と称しているが、実質は商品取引所法二条四項にいう先物取引であって、先物取引をする私設市場を開設し、取引することは同法八条により禁止され、その違反者には刑事罰が課されることになっている(同法一五二、一五五条)。そうすると、右は私設市場でなされた先物取引であり、右法条に違反する違法なものである。

(三) ところで、組織的、継続的に行われる商品先物取引は、公正価格形成機能、いわゆる当業者にとっての保険つなぎ機能等、発達した取引社会における有用性をもつ反面、その射倖的契約構造から、過当な投機や不健全な取引を誘発するおそれも高く、取引の仕組や相場に充分な知識を持たない大衆がこれに巻き込まれて不測の損害を蒙る危険性も社会的に無視できない。そこで、商品取引所法は、かかる弊害に対処するため、一般大衆保護の趣旨をも含めて種々の規制をしており、現在のところ同法がかかる集団的・組織的先物取引を規制する一般法としての地位を占めているのである。しかして、同法は、先物取引の委託者保護のため、同法九四条、同法施行規則七条の三で不当な勧誘を禁止しているところ、前記1の契約は、商品取引に全く無知な独身女性である原告が退職して金をもっていることに目をつけ、右契約における取引の投機性、危険性については故意に説明をせず、必ずもうかること、預金しておくより得であること等安定した利殖性のみを強調して、執拗に勧誘し、大の男がよってたかって短日時の間に、買二件、売一件と次々と矢継早に取引させたものであって、右法、規則に違反するものである。

(四) 全国商品取引所連合会(全商連)と全国商品取引員協会連合会(全協連)でに、商品取引員の受託業務に関しての禁止事項を決めており、その中には、無差別の電話勧誘の禁止、職業を有しない家庭婦人等経済力等からみて商品取引参加に適しない者に訪問勧誘を行なってはいけない、執拗な、行き過ぎた勧誘を行なってはいけない、「利子」「配当」などの言辞を用いて投機的要素の少ない取引であると委託者が錯覚するような方法の勧誘を行なってはいけない、短日時の間に頻繁な建ち、あるいは明らかに手数料稼ぎを目的とすると思われる新規建玉の受託を行ってはいけない、同一商品、同一限月について売りまたは買いの新規建玉をしたあと(又は同時)に対応する売買玉を手仕舞いせずに両建するようすすめてはいけない等の事項がある。ところが、被告Y1及びCは、退職教員を目あてに勧誘を行うとの被告会社の方針のもとに、その春退職した教員の名簿より無差別の電話勧誘をし、それにかかった見込客の原告(独身女性の一人暮し)に対し男性が一人(Y1)又は二名(Y1、C)で訪問し、前記のとおり、「銀行に預金しておくよりずっと得だ」「プラチナは今が買い時である」「損することは決してない」「…この道七、八年もやっている私を信用しないのか」等と投機的要素の少ない取引であると原告を錯覚させ、長時間執拗脅迫的な勧誘をし、短日時の間に買、売、(六月一五日)と手数料かせぎの両建をさせたものであって、これも、不法行為・公序良俗違反に該当する一要素である。

6  原告は、被告会社に対し、昭和五七年六月二四日頃に到達の同日付内容証明郵便による書面をもって、前記1の契約及び前記3の本件口座通帳の預託行為を取消す旨の意思表示をした。

7  そうすると、原告は、被告Y1の前記不法行為により、前記交付金三〇〇万円の損害を被っているばかりか、被告会社は右金三〇〇万円の不当利得をなし、これにより原告は同額の損害を被むっているものである。また被告会社は、本件口座通帳を占有する何らの権原を有しないものである。

8  よって、原告は、被告らに対し、各自、右損害金、又は不当利得金三〇〇万円(被告会社に対しては、民法七一五条、七〇九条に基づく不法行為の損害金又は同法七〇三条に基づく不当利得金、被告Y1に対しては、同法七〇九条に基づく不法行為の損害金)、及びこれに対する前記不法行為日(又は不当利得日)の翌日の昭和五七年六月一六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うこと、及び被告会社に対し、所有権に基づき本件口座通帳を引渡すことを、それぞれ求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1(一)  請求の原因1の事実は認める。

(二)  昭和五七年六月一五日に、原告が被告会社との間で締結した契約の内容は、次の(1)ないし(10)のとおりである。

(1) 原告は、訴外株式会社中央貴金属市場が開設する中央貴金属市場において取引されるプラチナ地金の売買の取次ぎ(以下単に「取次ぎ」という。)を継続して被告会社に委託する。

(2) 原告が被告会社に取次ぎを委託する場合には、買付、又は売付の別、数量、注文日及び受渡月(約定日)を指定してその都度行う。

(3) 原告が被告会社にプラチナ地金の買付の取次ぎを委託した場合には、原告が指定した受渡月における市場の取引最終日(納会日)に原告が指定した数量のプラチナ地金を原告が指定した注文日の市場価額で購入し、売付の取次ぎを委託した場合には、原告が指定した注文日の価額で指定数量のプラチナ地金を納会日に引渡して決済する。

(4) 売買取引の受渡決済は、原告の指定した受渡月における中央貴金属市場の取引最終日(納会日)に、同市場で期間中に委託した同一受渡月の取引の全てを同時に集中して行ない、決済金の授受は被告会社と原告の間で行う。

(5) 取引の決済を確実に履行するため、原告は、決済日に受渡しをする買付総代金、又は売付けプラチナ地金を納会日の前々営業日までに被告会社に納入する。

(6) 原告が被告会社に取次ぎを委託した場合には、プラチナ地金一キログラム当り金三〇万円の割合による取引保証金を被告会社の指定する日までに被告会社に預託する。

(7) 取引保証金には利子をつけず、取引によって生じた一切の債務の担保として被告会社が預り、原告が取引によって負担した債務を被告会社に納入しない場合には保証金をもってその債務に充当する。

(8) 市場価額の変動により取引における評価損計算額が取引保証金の二分の一以上に発生したときは、原告は、追加保証金として、計算額と保証金額の差額金をその翌営業日までに被告会社に納入する。

(9) 原告が被告会社に取次ぎを委託するも、取引保証金及び追加保証金を所定の日時までに被告会社に納入しない場合には、違約処分として被告会社において、原告指定の決済日を待たずに、委託された取引の全てを任意に処分してその取引を清算することができる。

(10) 原告が被告会社に取次ぎを委託した場合、及び取引を処分された場合には、プラチナ一グラム当り金二五円の割合による取引手数料を被告会社に支払う。

(三)  そして、被告会社は、昭和五七年六月一五日、原告から右契約に基づき、次の(1)ないし(6)の内容の取引の委託を受け、その取引を中央貴金属市場において成立させるとともに、同日、右取引に対する取引保証金及び担保として、原告主張の金三〇〇万円並びに本件口座通帳一通の預託を受けたものである。

(1) 注文日 昭和五七年六月一五日

(2) 受渡月 昭和五七年一一月

(3) 数量 プラチナ地金一六キログラム

(4) 売買の別 買付

(5) 一グラム当り単価 金二、三四八円

(6) 約定代金 金三七五六万八、〇〇〇円

2  請求の原因2の事実は否認する。

3  請求の原因3の事実は認める。

4  請求の原因4の事実は否認する。

原告が被告会社に対し本件口座通帳を預託した事由は、前記1の(二)及び(三)に記載のとおりである。

5(一)  請求の原因5は争う。

(二)  次の(1)ないし(5)の事由により、原告の、不法行為、又は公序良俗違反の主張はすべて失当である。

(1) 原告が被告会社と前記契約を締結し、被告会社に前記取引を委託するについては、被告Y1は原告に、右取引の仕組及び取引における基本事項はすべて説明し、原告の納得を得ていたものであり、原告の被告会社に対する金三〇〇万円及び本件口座通帳の交付行為には、何らの錯誤、又は瑕疵は一切なかったものである。

(2) 原告主張の商品取引所法違反の主張に対する反論は次のとおりである。

原告は、前記取引が商品取引所法二条四項にいう「先物取引」であって、同法八条に違反する旨主張するのであるが、次のとおり、右取引は同法に何ら違反するものではない。

イ 先ず、前記取引は、商品取引所法二条四項で定義する先物取引とは本質的に異なるものである。即ち

(イ) 商品取引所法二条四項で定義する先物取引とは、①将来の一定の時期において、当該売買の目的物となっている商品及び対価を現に授受するように制約される取引であって、②且つ、受渡期間内においては、いつでも転売、又は買戻しをして、その時点において損益の清算(差金決済)をして売買関係から離脱することができる、取引というものであるが、右先物取引の基本的な特質は、右②の「受渡期間内に転売、又は買戻しをしてその差金決済により売買関係から離脱できる」という点に求め得るものである。何となれば、右①の「将来の一定の時期において当該売買の目的となっている商品及び対価を現に授受するように制約される取引は何も先物取引に限られた特質ではなく、いわゆる延勘定取引における履行の定めにすぎないからである。

しかるに、前記取引は、現物の受渡しに一定の期日を定め、受渡期日に現物並びに代金を授受して決済することが義務づけられる取引ではあるが、指定された受渡期日前には転売、買戻しができないこと、従って、受渡期間途中で差金決済をして売買関係から離脱することを予定していない点で、右先物取引とは根本的に異なるいわゆる延取引にすぎないものである。

(ロ) ただ、前記取引における商品及び代金の授受は同一受渡期日のものにつき同時に集中して行なうことになっているため、該受渡期日に現物引渡及び代金支払い義務を同時に負っているものが現物授受の手続を省略し、売付分と買付分の相殺勘定を希望した場合には、取引により生じた債権、債務を対等額で相殺し、受渡期日に差引決済を行なうものであるが、右の決済方法は、取引関係を清算する方法として一般取引において認められるものであって、何ら商品取引所法でいうところの差金決済ではない。

(ハ) ところで、前記取引は右の決済方法をとるため、本件取引を行なった者が、受渡期日までの値上がり、或いは値下がりを考慮して、前に為された受渡期日を同じくする売、或いは買注文に相当する数量を受渡期日前の或る時点で買、或いは売の注文を入れた場合には、結果として、売と買を入れた時点における値段の差額のみをもって決済ができることとなり、このため、前記取引を組合せるならば、利益の確保、或いはヘッヂ防止のために利用し得るものである。

例述するならば、三ヵ月後の受渡期日にあるものを金一〇〇万円で買取引を入れた場合に、その一ヵ月後に金一五〇万円にまで値上がりしたとして、この時に右と同一受渡期日、同数量の物の売取引を入れたならば、受渡期日の決済においては金五〇万円の利益を取得することができ、逆に最初に売取引を入れた場合に値上がり傾向を予測したならば、その時点で同一期日、同数量のものの買取引を入れるならば、受渡期日においては、売取引の時点と買取引の時点との差額金の損金支払いをもって決済し、ヘッヂ防止を図れるというものであるが、この理は、あくまでも前述の延勘定取引を基本とした一利用方法にすぎず、右取引が為されたとしても、商品取引所法でいう差金決済が為されるものではなく、従って、受渡期日前において当該売買関係から離脱することなく受渡期日において現実の決済の履行を義務づけられているものであり、よって、右の取引があったからと言って前記取引が先物取引の特質を具えているものではなく、あくまでも、前記取引は、現物取引でいわゆる延勘定取引にすぎないものである。

(ニ) なお、右のような延勘定取引が先物取引に該らないことは取引の実態はプラチナ取引と異なるが、すでに大審院判例の認めるところである。(大審院大正四年二月二七日刑事部判決・法律新聞一〇二四号三頁)

右事案は、検察庁が正米(旧取引所法では米が上場されていた)について延取引をしていたものを把えて、「延取引ニ名ヲ籍リテ定期取引ヲ行ナッタ」として取引所法違反(旧取引所法第二六条の二は『取引所ニ依ラスシテ定期取引ト同一若ハ類似ノ取引ヲ目的トスル市場ヲ開キ又ハ其ノ市場ニ於テ取引ヲ為スコトヲ得ス(大正三年三月改正)』『差金取引ヲ為ス取引所類似施設ニ依リテ取引ヲナスコトを得ス(大正一一年四月改正)』)で起訴したのに対し、「受渡期間前随時一方ノミノ意思ニヨリ取引関係ヲ消滅セシメ何等責任ヲ負ハサル定期取引ノ転売買戻ト其ノ根本ノ性質ニ於テ重要ナル差異アリト謂ハサルヘカラス」と判示して検事の上告を棄却し、延取引は取引法違反にならないとして無罪判決をしている。

ロ 次に、仮に百歩譲って、原告主張のように前記取引が、先物取引の実質を有するものであるとしても、前記取引は、次のとおり、何ら商品取引所法八条に牴触するものではない。(但し、これは解釈上の見解を述べるものであって、前記取引が先物取引であることを認めるものではない。)

何故なら、商品取引所法は、つぎの理由から「プラチナ地金」の売買に関しては、何ら規制してはいないのである、即ち、

(イ) 文理解釈上の理由

① プラチナ地金は商品取引所法の指定商品ではないこと。

商品取引所法八条は、「何人も先物取引をする商品市場に類似する施設を開設してはならない。何人も前項の施設において売買してはならない」と定めている。そして、商品市場に類似する施設の「商品市場」とは、同法二条二項で、「この法律の規定に従ってされる商品の売買取引のために商品取引所が一種の商品ごとに開設する市場をいう」と定義している。更に、「商品」についても、同法二条二項において、「この法律において商品」とは、「政令で定める物品をいう」として、同法施行令で「農産物」「ゴム」「糸(乾及び生糸)」「砂糖」「毛糸」「スフ糸」「金地金」をあげている。

② 従って、文理解釈上、商品取引所法八条で禁止される「商品市場類似施設」とは「商品取引所法の規定に従ってされる政令指定商品の売買取引のために開設する市場に類似する施設」ということにならざるを得ない。そうだとすれば、指定商品の売買取引の市場類似施設を開設してそこで売買すれば、証拠金や手数料の定めや取引方法が若干違っても同条違反になるが、指定商品以外の売買取引であればこれに該当するものではないということが論理的帰結である。

(ロ) 立法趣旨上の理由

① 商品取引所法八条は何故商品市場類似施設及びそこにおける売買を禁止しているのであろうか。商品取引所法一条は同法の目的を掲げているが、その目的を摘記すると、「商品の適正な価格形成、売買その他の取引の公正、商品の生産流通の円滑」である。同法の立案に関与した大蔵省理財局経済課長D氏もこの点を次のように述べている。即ち、「取引所はその開設する市場にできる限り大量の取引を包容することによって初めて真正な公定相場を決定することができるのであるが、……本法に基づく取引所において取引するには、会員としての法定の要件を充足した者でなければならないし、たとえ会員になっても会員信認金、仲買保証金、売買証拠金の預託あるいは取引所の経費の負担その他厳重な法定要件に縛られているので自然場外で取引するようになりがちである。しかしながら、これを放任するにおいては取引所取引に重大な打撃を与えると共に、いたずらに投機心を誘発して不健全な投機取引を横行せしめる…………ことになるので、本法は場外における商品市場類似施設並びに当該類似施設における売買を厳禁した」(同著逐条詳解新商品取引所法四〇頁以下)

② また、同条と立法趣旨を同じくする旧取引所法二六条の二(差金決済ヲ為ス取引所類似施設ヲ為シ、又ハ其ノ施設ニ依リテ取引を為スコトヲ得ス)に関し、大審院は、「名ヲ現物市場ニ藉リ公然差金取引ヲ為ス市場類似ノ施設各地ニ簇生スルニ至リ為ニ取引所ニ於ケル公定相場ヲ撹乱スルノ結果ヲ生シタルヲ以テ」と判示している。(大審院昭和二年三月五日刑事三部判決・刑集六巻七二頁)

③ これらの点から考えると、商品取引所法八条の立法趣旨は、「商品市場に類似した施設を設け、あるいは、ここにおいて売買することは、取引所においてのみ先物取引をするという取引所の独占権を害するのみならす、取引所において公正に形成されるべき価格形成がなされず、取引所の存在理由がおびやかされる結果となる。多数の需要供給を取引所に反映させ、そこで公正な価格形成を行なわせることは取引所の最大最重要な機能であり存在理由でもある。市場類似施設が設置され、ここで売買されれば、その需要供給の売買が分散されて公正な価格形成が害され、惹いては商品の生産流通の円滑を害する結果となる。このため主務大臣が免許権を有し、かつ監督する取引所において独占的に売買を集中させてこそ商品の流通と公正な価格形成がなされる。類似施設はこれを阻害するから禁止される」という点にあることは明らかである。

④ そうだとすれば、「プラチナ地金」の取引はいずれの商品取引所にも上場されていないから、その市場を開設したとしても取引所の独占権を害することもなく、商品取引所に売買を集中させることもできないし、また取引所において形成されるべき公正な価格を害することもあり得ず、プラチナ地金の取引が仮りに先物取引やその類似であっても、商品取引所法の適用外のことである。

ハ 拡張解釈の禁止(罪刑法定主義の立場から)の理由

商品取引所法八条は、その違反に対し刑事罰を定めている(一五二条一項二号、一五五条一項二号)。刑罰の定めがあるものについて、指定商品でないプラチナ地金についてまでこれを適用することは拡張解釈であって、罪刑法定主義の立場からも許されない。

(3) なお、政府は、昭和五五年四月二三日、商品取引所法八条一項の規定は、同法二条二項にいう商品以外の物品の先物取引をする市場の開設を禁止していない旨見解を表明しているが、その理由の要旨は次のとおりである。

① 法八条一項の「先物取引をする商品市場に類似する施設」に該当するかどうかは立法趣旨により決すべきである。

② 法一条の目的から法八条を考察すれば、同条一項は指定商品について法の厳格な規制の下にある商品市場での価格の形成等が公正に行なわれることを保障しようとしたものと解するのが相当で、そのために指定商品について「類似施設」の開設を禁止すれば足り、指定商品以外の物品の先物取引をする市場をも禁止して投機の弊害を防止することは同項の適用外である。

③ 従って、法八条一項の規定により禁止される施設には指定商品以外の物品の先物取引をする市場は含まれない(昭和五五年四月二三日付内閣法制局第一部長回答)。

(4) 更に、原告は、「本件は、被告会社の従業員において、取引の投機性、危険性について故意に説明せず必ず儲かること、預金をしておくより得である等安定した利殖性のみを強調して取引させたものであるから、商品取引所法九四条および同法施行規則第七条の三に違反する」旨主張するのであるが、被告会社の従業員が原告に前記取引を勧誘するに当っては、原告主張の如きことをしたことはなく、むしろ、当然のこととして前記取引の実状及び取引における基本事項は全て説明し、原告の納得を得ており、原告においても、前記取引が相場取引であることを充分に承知し、前記取引において損失を蒙ることもあり得るということは理解していたのであって、前記取引を違法とする余地はいささかも存しないものである。

(5) 原告は、被告会社が原告と前記取引を為すに当り、被告会社の従業員が原告に対し、取引のもつ投機性、危険性を秘し預金金利より有利で儲かると欺罔し、原告をその旨錯誤に陥入れ、前記金員等を詐取したと主張するのであるが、被告会社が原告に本件取引を勧め、右金員等の預託を受けた経緯は前記1の(二)及び(三)記載のとおりであって、前記取引においては原告の意思表示には錯誤及び瑕疵は一切なく、且つ不公正なる要因は全くなかったものである。

6  請求の原因6の事実は認める。

7  請求の原因7は争は争う。

三  被告らの抗弁

1  被告会社は、昭和五七年六月二二日、更に、原告から、前記二の1の(二)の契約に基づく次の(1)ないし(6)の取引の委託を受け、その取引を中央貴金属市場において成立させたのであるが、原告から右取引に対する約定の取引保証金四八〇万円が指定の同月二五日までに納入されなかったため、同月二五日付をもって、違約処分として、原告から委託を受け成立させた全ての取引を反対売買により処分した。

(1) 注文日 昭和五七年六月二二日

(2) 受渡月 昭和五七年一一月

(3) 数量 プラチナ地金一六キログラム

(4) 売買の別 売付

(5) 一グラム当り単価 金二、一〇五円

(6) 約定代金 金三、三六八万円

2  しかして、昭和五七年一一月の決済日における債権、債務を清算すると、別紙取引一覧表のとおり売付取引における入金分と買付取引における支払分との差額金五四八万八、〇〇〇円が原告の負担する清算支払金となる。

3  そこで、被告会社は、原告から預託を受けている金三〇〇万円の取引保証金については、昭和五七年一一月の決済日に原告の右清算支払金五四八万八、〇〇〇円の一部に充当し得るとともに、本件口座通帳については、右清算支払金五四八万八、〇〇〇円から右取引保証金三〇〇万円を控除した残金二四八万八、〇〇〇円の支払いを担保するためこれを保管する権限を有するものである。

4  そうすると、仮に、原告主張の不法行為、又は不当利得が認められるとしても、あらたに生じた前記1ないし3の事態により、原告に損害は生じなく、また被告会社は、不当利得をなしていないばかりか、本件口座通帳を占有する権原を有するものである。

四  抗弁に対する原告の認否

1  抗弁1ないし3の各事実は全部否認する。

2  抗弁4は争う。

3  昭和五七年六月二二日に、原告は、被告会社に対し、被告ら主張の売付の委託をしておらず、この売付は、被告会社が勝手にしているものである。即ち、同年六月二二日の情況等は以下のとおりであって、原告は、被告会社に右委託をしていないのである。同年六月二二日、同日付の御取引明細確認書が原告方へ郵送されてきた。原告は、不審に思い、被告会社へ電話すると、「この件についてはそちらへ行ってくわしく話したい。明日行くから」との返事であった。そして、同年同月二三日午後一時すぎに、被告会社の支店長代理と名のる訴外EがC及び被告Y1を従えてやってきた。右Eは、原告に対し、「一五日に買ったものが二二日現在で二、一〇五円に値を下げた。一五日は二、三四八円だったので大きく損をすることになった。こんな時は決済するか、保険にするかのどちらかだ。別のものを売ったらどうか。そうすればそれが保険のようになって一五日の分はそのまま値上り時までおいておける」等と申向け、更に、「例えば二、五〇〇円であったものが、一グラム当り三〇〇円下ったとすると二、二〇〇円である。二、二〇〇円で売ると一〇〇円下がると下がった分だけ利がでる。下がっていく時は売ったらいい。二、三四八円のが昨日で二一〇五円に下がっている。今別に売っておくと、二、三四八円のが値上りした時はその利は取れるし、二、一〇五円で売って下がった時は、それで利益がある」などと一気に説明した。説明を終ると、右Y1は原告に対し「わかりましたか」と尋ねるので、原告は「はい、わかりました」と答えると、右Eは原告に対し「お茶を一ぱいいただけませんか」と言った。そこで、原告はお茶を用意して持ってきて「やっぱり、わからしませんね、とにかく一五日の分を損しないために四八〇万円用意しなければならないのですね」と言うと、右Eは少しにやっとした表情で黙ったままだった。その後原告は、右Eから、「届出書を書いてください」といわれ、右Eの口述するままに書き捺印した。その夜、原告は、はじめは三〇〇万円だけと決めていたが、次々とお金を出すことになることに大変不安になって寝れなかった。

そうすると、被告らの抗弁の主張は、失当である。

五  原告の再抗弁

仮に、抗弁1ないし3の各事実が認められるとしても、抗弁1の委託は、被告Y1、及びCの前記一の2及び4の詐欺行為に起因することや、前記一の5の(二)ないし(四)の事由により、公序良俗に反する(民法九〇条)ものであるから、無効である。

六  再抗弁に対する被告らの認否

再抗弁事実は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録、及び人証等目録記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

一  請求の原因1、3、及び6の各事実は当事者間に争いがない。

二、しかして、成立に争いがない乙第一号証の一、第二号証の二、原告本人尋問の結果により、全部真正に成立したことが認められる乙第一号証の二、第二号証の一、第四号証の一、二、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨を総合すれば、原告(大正一三年○月○日生の女性)は、旧制の手芸女学校を卒業後、臨時教員養成所で昭和二〇年三月頃小学校の教員の免状を得て、じ来同五七年三月末日の退職まで小学校の教員として勤務し、右退職後は、無職で、独身(一人暮し)のため、退職金やこれまでの預貯金を老後のための唯一の経済的よりどころとして、細々と地味な生活をしていたこと、原告は、これまで、株式や貴金属(プラチナ等)等の売買取引(相場)は一度もした経験がなく、右取引につき全く知識はなかったこと、ところが、昭和五七年六月一三日、これまで一面識もなかった被告会社(プラチナ等の販売取引等を営むもの)から突然原告にプラチナ(白金)について一度話を聞いて貰えないかとの電話があり、原告が話を聞くだけなら聞いてもよい旨返事したところ、翌一四日被告会社の営業担当の社員の被告Y1が原告方を訪問して、原告に対し、プラチナの売買取引を勧め、更に、その翌日一五日の午前中にも、被告Y1が原告方を訪問して右売買取引を勧めたこと、そこで、右同日午前中に、原告は、被告会社と、事実欄の第二の二の1の(二)の(1)ないし(10)記載の約定のあるプラチナ地金の売買の取次を継続して委託する契約を締結することを承諾(但し、原告は、被告Y1から右約定の記載のある書類を見せられたものの、その内容について、閲読しておらず、説明も十分受けていないため、右約定内容について理解していなかった)し、これに基づき、被告会社(被告Y1を介し)に対し、プラチナ地金の一〇キログラム(一グラム当り金二三四八円)の買付を委託し、前判示のとおり、その保証金として現金三〇〇万円を交付したこと、被告Y1は、右勧誘に際しては、原告に対し、請求の原因2記載のとおりの甘言等を弄し、右取引において、原告が損失を蒙むることになることもあることは説明せず、原告に利益をもたらすようになることを強調したため、原告は、これを信じて、右取引によれば絶対損をしないと思い込まされ、前記委託契約の締結等を承諾したこと(なお、被告Y1は、原告に対し、プラチナの値動きの変動を示したグラフ等の記載がある書面(乙第四号証の一)を一応示したが、その内容を閲読して理解することは勧めず、単に、これを申し訳程度に示したにすぎなかった)、ついで、同年同月一五日の午後に、被告会社の営業課長のCが被告Y1と同道して、原告方を訪問し、原告に対し、プラチナ地金の買増を勧めたこと、そこで、右同日、原告は、被告会社(Cを介し)に対し、さらに、六キログラム(一グラム当りの値段は前同)の買増しを委託し、その保証金の担保の趣旨で本件口座通帳を預託したこと、Cは、右勧誘に際しては、原告に対し、請求の原因4記載のとおりの甘言等を弄したため、原告は右言を信用させられて、右預託をなしたものであること、ところで、プラチナ取引は、極めて投機性があり、短期間に莫大な財産的損失をもたらすことにもなる、素人(右取引に通堯していない者)には相当危険な取引であることが認められる。

三  被告Y1、及び訴取下前の共同被告Cは、右両名は、原告に対し前記取引が相場取引であって、原告が損失を蒙むることがあることを十分説明し、原告も、これを承知の上で前記委託契約の締結及び買付委託をなしたものであるなど、右二の認定に反する供述をしている。しかし、前記認定の原告の経歴や生活状況を考慮すると、原告において、前記取引の危険を承知し、損失を蒙むることもあることを覚悟の上で、右契約の締結等を承諾したものであると云うことは、余りにも不自然であること(前認定のとおり、原告は、老令で、無職、独身で、一人暮しであって、退職金やこれまでの預貯金を老後のための唯一の頼りにして細々と地味な生活をしていたものであるから、右預貯金が前記プラチナ取引において場合によっては短期間に失われることになるかもしれない、いわば、極めて危険な橋を渡ることになることを、原告において、承知していたということは、むしろ、あり得ないと認めるのが相当である)、その他原告本人尋問の結果に照すと、被告Y1及び前記Cの各供述部分は、いずれもにわかに措信できず、他に前記二の認定を覆すに足る証拠はない。

四  前記一及び二に判示の事実より考察すると、被告会社の被用者(営業担当)の被告Y1及びCは、投機性のある、前記危険のともなうプラチナの相場取引に全く経験も知識もない、ずぶの素人の原告(老令の女性)の無知に乗じて、右取引によれば、利益をもたらすことを強調説明し、損失を来すことになることもあることは極力ふれずに、詐欺まがいの前記甘言を弄して、これらの不公正なやり方で、原告に、右取引によれば絶対損をしないと思い込ませて、前記継続取次委託契約、及び買付委託をさせて、保証金として現金三〇〇万円及び保証金の担保の趣旨で本件口座通帳を、被告会社に交付させたものであることが認められるから、右契約の締結及び買付委託(ひいては、右現金及び本件口座通帳の預託)は公序良俗に反して無効であり、又は原告に対する不法行為(前記被用者の事業の執行につきなされたもの)に該当するものと認めるを相当とする。

五  しかして、以上判示したところによれば、原告は、被告Y1の右不法行為により前記交付した現金三〇〇万円相当の損害を蒙むっていることが認められるから、被告Y1は、民法七〇九条に基づき、被告会社は、同法七一五条、七〇九条に基づき、各自、原告に対し、右損害金三〇〇万円及びこれに対する原告主張の昭和五七年六月一六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるものといわなければならず、更に被告会社において、原告所有の本件口座通帳を占有する正当な権原があることは認められないので、被告会社は原告に対し本件口座通帳を引渡す義務があるものといわなければならない。

六、なお、被告らは、抗弁において、原告は、昭和五七年六月二二日被告会社にプラチナ地金一六キログラム(一グラム当り金二、一〇五円)の受付の委託を受け、それまでの取引を清算すると、抗弁3のとおり、原告は被告会社に清算支払義務があり、被告会社は本件口座通帳を占有する正当な権原を有する旨主張する。

成立に争いがない乙第五号証、証人Eの証言、原告本人尋問の結果によれば、原告が被告会社の営業社員のEの勧めにより、昭和五七年六月二二日、被告会社に右主張のプラチナの売付の委託をしたことが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。しかし、右証拠によれば、右売付委託は、前記二に判示のプラチナ地金の売買取次の継続委託契約を基本契約として、これから派生した取引であること、原告は、右Eから、プラチナ地金の値下りがして、原告に多大の損失が生ずるおそれがあるので、これを防止するため、右売付委託注文をするよう強く要請されたため、これに従って、右損失を防止することを企図して右売付委託をなしたものであることが認められるところ、右基本契約は前記四に判示のとおり公序良俗に反して無効であるから、これから派生する右売付委託も同様に無効である(従って、原告に被告ら主張の前記清算義務が生ずることは認め難い)ものというべきであり、原告は、右Eの説明により、自己の窮状を打開(損失の防止)するため止むを得ず右売付委託をなしたものであるから、これにより、被告会社に対し、過去の事情等を一切問責せず、新たに、被告会社と危険なプラチナ地金の相場取引をなすことを容認する意図のもとに右委託をなしたものとは到底認め難いので、右売付委託があったことをもって、前記四に判示の被告らの不法行為の責任が解消されるものではなく、また、被告会社が本件口座通帳を占有する正当な権原を取得するものと認めるわけにはいかない。

七、よって、原告の被告らに対する各請求は、いずれも理由があるから、これらを認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎末記)

<以下省略>

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